ROCK、POPの名盤アワー

~ALBUMで堪能したい洋盤、邦盤、極めつき音楽遺産~

#007『461 Ocean Boulevard』Eric Clapton(1974)

 

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「赤札」(NICE PRICE)は10代の貧乏人には救いの色だった。これで何枚の名盤を手に入れられたか。


『461 オーシャン・ブルーヴァード』エリック・クラプトン

 

sideA

1. Motherless Children(マザーレス・チルドレン)

2. Better Make It Through Today(ベター・メイク・イット・スルー・トゥディ)

3. Willie and the Hand Jive(ウィリー・アンド・ザ・ハンド・ジャイヴ)

4. Get Ready(ゲット・レディ)

5. I Shot the Sheriff(アイ・ショット・ザ・シェリフ)

sideB

6. I Can’t Hold On(アイ・キャント・ホールド・オン)

7. Please Be with Me(プリーズ・ビー・ウィズ・ミー)

8. Let It Grow(レット・イット・グロウ)

9. Steady Rollin’ Man(スティディ・ローリン・マン)

10. Mainline Florida(メインライン・フロリダ)

 

 

[Recording Musicians]

Guitar, Vocal, Dobro : Eric Clapton

Guitar : George Terry

Piano, ARP Synthesizer, Clavichord : Albhy Gluten

Organ, Keyboards : Dick Sims

Bass : Carl Radle

Drums : Jamie Oldaker, Jim Fox

Vocal : Yvonne Ellian, Tom Bernfeld

 

Produced by Tom Dowd

 

 

 

 

レイド・バックという言葉を先に知って、クラプトンに入り込んでいった

 

 エリック・クラプトンは何度も山を作ってきて、谷に落ち込んだギタリストと言えるかもしれない。ヤードバーズやクリームの若き日の栄光。薬物中毒でどん底を見て、その後1970年代中盤からの復活。1980年代は評価が分かれる。チャートにも登場するポップ・アーティストとして知る人も多いだろう。1990年代は幼子を亡くしたあとの悲しみのアンプラグド。そしてその後のブルースへの回帰。世代によってどの時代が核になるかが大いに異なり、だからこそ実に幅広い世代に聴かれているアーティストなのである。

 私の場合は、導入は桑田佳祐だった。

 1980年、中学生になった私は洋邦問わず貪欲にポップ、ロックのサウンドを求めはじめていた。その中心はラジオだった。レンタル・レコードはまだ黎明期で日本国内にごくわずかしかない。さりとてそうそうレコードは買えない。そうなるとラジオに頼るしかなかったのだ。

 当時のFMはステレオがだった。AMはモノラルだった。AMステレオ化はまだまだ先の話。それでもAMには個性的なDJの番組が多く、流行りの曲もよく流れたのでかなり聞いていた。FMは番組表を事前にチェックして、聴きたい(エア・チェックしたい)番組をピンポイントで聴いていた。

 当時、FEN(Far East Network=米軍極東放送網・今はAFNという)が関東では周波数810MHZで流れていた。FENに関してはいずれ項を改めてじっくりと思い出してみたいものだが、簡単に言えば在日米軍向けのラジオである。米国本土で番組をレコード化して空輸され、電波に乗せられていた。だから米国の音楽情報に何よりも早く触れることができる、洋楽ファンには捨て置けない放送局だったのである。

 だがいかんせん全編英語。話してることはほとんどわからず、流される曲を、ほとんど知らない曲をただひたすら聴いていた。

 ラジオ熱はさらに加速して、とうとう短波放送にまで手を出した。たまたま家にかなり立派な短波ラジオがあり、夜中にダイヤルをゆっくりと回して海外の放送局を探るのが楽しかった(夜のほうが遠くの電波を掴みやすい傾向があるのだ)。ハングルの放送はよく入ったが、ある晩ロシア語の放送をノイズの中にも受信した。そしてその放送局に受信確認の手紙を送ったのだった。

 なぜロシア語なのに放送局がわかったのかというと、当時は短波ラジオ専門誌があって、それを本屋で立ち読みしながら受信した周波数のメモと照らし合わせて、受信局を探り当てたのだ。

 なぜ手紙を出したのかというと、ベリカード(受信確認証)が欲しかったから。受信日時と簡単な放送内容を記して送ると、その放送局のベリカードを送ってもらえたのだ。専門誌には各国の放送局のベリカードを集めた特集などもあって、私もチャレンジしてみたくなったのである。その放送局のベリカードはきちんと届きました。中1の自分が自力で世界と繋がった気がして、その後しばらくはそのベリカードを眺めてはニタニタしていたのだった。

 ちなみにこのベリカードは、基本的には今普通に聞いているラジオ局でも発行しているところが多い。各局のキャラクターなどがデザインされたりと、集めはじめるとハマりそうだ。一部のテレビ局も出しているところがある。

 大いに話がズレ込んだ。

 中1の頃の確か木曜20時、いや月曜だったか、文化放送で「桑田だセーラーマン」という番組を放送していた。DJはもちろん桑田佳祐。まだサザンがビッグ・ネームでなかった頃。桑田も大学生気分が抜けきれていないような時期。自身の趣味の音楽を中心に流していて、そこで初めて出会ったアーティストも多かった。ボズ・スキャッグスEW&Fや、はたまた今剛まで。

 そしてある日の放送でクラプトンの「Let It Grow」が流れた。初めて聴いたときはおそらく相当に衝撃があったのだと思う。でも曲名を覚えておらず、この曲に再会してタイトルを知るのはかなりあとだ。それでもこの曲はずっと頭の中に残り、流れていた。

 またそれと同じ頃、ニッポン放送の23時台の平日15分の帯番組(だったはず)に「桑田くんと関口くん」という番組があり、タイトル・バックで流れていたのがクラプトンの「Wonderful Tonight」だった。関口くんというのはサザンのベースの関口和之。これも曲名とアーティスト名を知ったのは少しあとのこと。中1の23時台はもう深夜。布団に入って薄闇の中で聴く「Wonderful Tonight」に、冥界に入って行くような、とろりとしたような感覚に陥ったことを何となく覚えている。

 つまりこれらは音楽に目覚めた私の黎明期に蒔かれたタネみたいなものだ。

 桑田はこの頃ラジオでやたらと「レイド・バック」と言っていて、意味は分からずとも何となくこんな意味なのではないかなと想像しつつ、レイド・バック気分に浸っていた。意味は「のんびり」とか「ゆったり」です。

 なおこの1980年の夏にサザンは「わすれじのレイドバック」というシングルをリリースしている。カントリー調のせつない曲で、全然売れなかったけど好きな曲だった。

 で、当のクラプトンに出会うのは中学の終わり頃。もちろんそこに至るまでの「ロックの勉強」でエリック・クラプトンがどういう人で代表曲はこれとこれ、といった知識はあった。最初に手にしたのはソロになってからの1970年代のBEST ALBUM『Timeless Pieces』。最後に「Let It Grow」が収録されていて、「ああ、ようやく出会えた」とここでもやはりうち震えた。

 そして高校に入ってすぐの頃に『461 Ocean Boulevard』を買ったのだった。渋谷のタワーレコードで輸入盤。当時はまだ今のビルではなく、東急ハンズのちょっと奥の雑居ビルにタワーはあった。1階は「jeans mate」。ともにその頃は駆け出しの店だったが、今は双方業界をリードする存在になったな。向かいにあった吉野家にもよく寄った。

 すでにその頃、本アルバムは赤札の「Nice Price」だった。「Nice Price」、魅惑的な響きだ。輸入盤は、ロック・クラシックのアルバムを値引きして販売していたので、それを狙ってアルバムを吟味したものだ。大概の名盤は「Nice Price」であった。

 アルバム・タイトルの『461 Ocean Boulevard』とはマイアミに実在する(していた)住所で、クラプトンの自宅という説とスタジオという説がある。

 

 

 

なるほど、これがレイド・バックなのだなと身体のほうが理解した

 

 軽快なギターリフに跳ねるようなドラムが飛び込んでくる。そして軽いうねりを持ったボトル・ネックのフレーズが絡む。A面1曲目「Motherless Children」のイントロだ。アップ・テンポで軽妙なブルース・ロック。クラプトンのボーカルも無理ない程度のシャウトが時折入るようなソフトな唱法で、さらっとしている。

 

 Motherless children have a hard time when mother is dead, lord

 母のない子は苦難の道をゆく

 

 曲調のわりにシビアな歌詞の曲なのである。そのあとに「だから父は頑張る」、「姉も頑張る」と続く。クレジットには「Traditional」とある。

 次の曲がちょっと曰くあり。私の持ってるアルバムでは「Better Make It Through Today」なのだが、大概の盤は「Give Me Strength」なのだ。で、どちらが正解かというと、後者である。なぜこんなことが? と調べると、1975年に発売されたUS盤でこの2曲目がすり替わったという。「Better Make It Through Today」は翌年発表されたアルバム『There’s One in Every Crowd』に収録されている曲だ。では何故そのようなことになったのかというと、よく分からない。レコード会社の何らかの思惑なのだろう。

「Give Me Strength」はドブロ・ギターの個性的な音色とオルガンが印象的なカントリー・バラードの小曲。「Better Make It Through Today」もやはりアコギとオルガンのバラードなのだが、こちらのほうがちょっとせつない。間奏のソロはこれぞクラプトンと言えるスロー・ハンド。クラプトンのしわがれた声とオルガンが絡んで孤高感たっぷり。ともにクラプトン作。

 ストラトのカッティングが実に心地よい「Willie and the Hand Jive」は身体が揺れる。ボ・ディドリーのレゲエといった感じ。レイド・バック感満載。ある意味この時期のクラプトンの気分をよりよく表している曲かも。Johnny Otis作。

「Get Ready」はワン・コードのブルースと言えるか。ちょっと不安な空気感でYvonne Ellianとクラプトンが「Get Ready」と繰り返す。ソロらしいソロもなく、突然のように終わったあと「アハハハ」と(おそらく)クラプトンの笑い声が収まっている。二人の共作。

 そしてA面最後にBob Marleyの「I Shot the Sheriff」。この頃、レゲエが世界的に流行りはじめていたという。しかし復活クラプトンが歌うとは誰も想像できなかったのではないか。ましてや彼の代表曲のひとつになるなどとは。

 アレンジはBob Marleyのオリジナルに限りなく近い。それでも双方の楽曲の印象は相当に異なる。その一因はMIXにあると思う。Bob Marleyのほうは各楽器、かなり生々しく響いている。それだけにトレンチタウンの熱風や匂いを強く感じさせてくれる。一方のクラプトンのほうは、整っており洗練されている、まとまっている。このあたりはやはり録音技術スタッフの好みや個性、技術レベルが現れているのだろう。

 だからどちらが上とか下とかではない。私は両方好きだ。聴き比べて楽しめる。同じ曲で違う土地を旅している気になる。

 そして一番感じるのは、クラプトンの声域にこの曲はドンピシャはまっているのではないかという点。低音も高音もシャウトもすべてに無理が感じられず、ボーカルによどみがない。スムースに出ている。だからきっと、本人は歌っていてとても気持ちよかったのではないかと思う。それもこの曲のよさを引き出した大きな要因だったと思う。聴いているほうも気持ちいい。

 

 

この曲順のままライブで聴きたいと思うほど耳に馴染んだB面

 

 B面最初は偉大なるブルース・ギタリスト、Elmore Jamesの「I Can’t Hold On」から。スリー・コードのミドル・テンポのブルース。Elmore Jamesと言えばボトル・ネック奏法ということで、クラプトンも披露。本アルバムは総じてボトル・ネックの使用率が高い。

 次はカントリー調の「Please Be with Me」。これまた気分はレイド・バック。オールマンブラザーズバンドなどをサポートしたこともあるCharles Scott Boyer作。日本ではほとんど知られていない人。

 そして本アルバムで私にとっての最重要曲である「Let It Grow」。すでに聴いていたBEST ALBUM『Timeless Pieces』では最後に収まっていたのでその印象が強く、初めはB面3曲目という位置に違和感を感じた。だが、それもほどなく解消。次とその次への流れがたまらなくなったのである。それはまたあとで。

 

 Standing at the crossroads

 Trying to read the signs to tell me which way I should go

 to find the answer and all the time I know

 Plant your love and let it grow

 

 Let it grow, let it grow

 Let it blossom, let it flow

 In the sun, the rain, the snow

 Love is lovely, let it grow

 

 Time is getting shorter and there’s much for you to do

 Only ask and you will get what you are needing

 The rest is up to you

 Plant your love and let it grow

 

 Let it grow, let it grow

 Let it blossom, let it flow

 In the sun, the rain, the snow

 Love is lovely, let it grow

 

 愛を育てていこう、どんな過酷な状況にあっても(意訳)、というシンプルな歌詞なのだが、クラプトンはぼそぼそとした歯切れの悪い口調で歌う。それがこの曲の味わい。決してボーカルとも言えない、内向的な囁き。薬物中毒から立ち直りつつある時期ということも含めて考えると、かなり赤裸々な歌なのだ。悲しくも心は明るい兆しを得て、そこへと歩んでいきたいという意志を感じさせる楽曲なのである。

 この曲はLed Zeppelinの「天国への階段」と似てる、とよく言われる。ともに後半部分の半音ずつベース音が下がるあたりが極似しているというのだ。

 キーは異なるものの、その通り。ほぼ同じ。で、発表された時期もこれまたほぼ同じ。さりとて、お互いに示し合わせているとは到底思えない。同じ時期に同じフレーズ、アレンジが降りてきたとしか言いようがない。

 だが、そこに当てられたコードはまったく違っている。「天国への階段」のほうは素直にコードを当てているが、「Let It Grow」はちょっとひねててそれでいて唸らせられるようなコード進行となっている。そしてエンディングではそれが無限ループ。聴いていてもギターを弾いていても、トランス状態の手前にまで持っていかれる。トランス。薬物。クラプトンの体はまだ戻ってきてはいなかったのか。

 などと妄想が尽きない。とは言え、男の哀愁がたっぷりと注ぎ込まれたバラードは1970年代を代表する楽曲と言ってもいいだろう。

 一転、今度はクラプトンが敬愛するブルース・ギタリスト、Robert Johnsonの「Steady Rollin’ Man」のピアノのイントロ。本作の中では一番ブルース色の濃い曲と言えるが、ミドル・テンポなのでロックっぽくもある。「Let It Grow」のあとを軽くいなせるのはこんなタッチの曲しかない。両方とも映える。ちなみにRobert Johnsonのオリジナルは、ベタベタのブルース。

 ラストは「Mainline Florida」半音ずつ上がるギター・リフがたまらない。ここでもまたクラプトンは熱唱しない。「Motherless Children」同様、軽快でノリのいい曲なのだが、クラプトンのボーカルは力が入っていない。これもまたレイド・バック。サビ以外はギター・リフが延々ループしているのだが、これが気持ちいい。電子系の音のループではなく、ストラトのリフのループだ。キレキレだ。

 以上39分。レイド・バックでだれた印象を与えがちなアルバムだが、通して聴けばバラエティに富み、演奏も相当にレベルが高い。最初と最後はノリのいい曲という、世評とは少し異なることがわかっていただけるだろう。だから一度通して聴いてみてもらいたいのだ。

 

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裏と表で建物がつながっているんですね。その両脇にクラプトンがいる。



 

なんども針を落とし、なんども弾いて、悦に入った1枚

 

 本アルバムは10代の後半にもっとも聴いた。楽曲そのものを楽しむのはもちろんのこと、一番ギターのコピーをしたアルバムでもある。

 中学でアコギ、高校に入ってバイトして貯まったお金で最初に買ったのがエレキだった。中学時代はほとんどコードを覚え、抑え、弾きながら歌うことに終始した。エレキ購入後はいわゆるTAB譜の付いている譜面を見ながらフレーズやリフを覚えた。TAB譜というのは五線譜ならぬ六線譜、つまりギターの弦がそのまま譜面となっているもので、どの弦のどのフレットを抑えるかが線上に指番号の数字で置かれているというもの。だから一目瞭然。譜面通り、レコード通りにギターのフレーズを覚える完全コピー、いわゆる完コピすることが喜びであり、達成感なのだった。

 だが、ブルースやR&Bを聴いていくうちに、インプロヴィゼーション、即興演奏に興味を持った。興味というか、思いつきでギターのフレーズが弾けるようになりたいと思ったのだった。

 その教材としてうってつけだったのが、クラプトンの曲たちだった。

 3コードで自由に弾く、ブルーノート・スケールやペンタトニック・スケールを知り、それをマスターすると格段に「それっぽく」弾けるようになった。そこから発展して、たくさんのレコードでギター・プレイを聴いてフレーズの引き出しを増やしていった。

 そうしたベーズができて、『461 Ocean Boulevard』の各曲のリフや肝のフレーズはきちんと練習してマスターして、一部即効演奏など交えて合わせて弾くのが楽しかった。

 ここに収められた10曲すべて、おそらく今でも弾ける。

「Motherless Children」や「Mainline Florida」で疾走感を楽しみ、「Get Ready」や「Steady Rollin’ Man」では思うまま好きに指を動かす。「Willie and the Hand Jive」ではそれこそレイド・バックを堪能する。「I Shot the Sheriff」はギターを持てばいまだにウォーミングアップがてらカッティングする。レゲエはもはやカリブのみにあらず。

「Let It Grow」はもう、私にとって永遠だな。聴くのも弾くのも。

「スロー・ハンド」の異名をとったクラプトン。早弾きではないのだ。だから初級から中級へ向かうあたりで弾くにはうってつけだった。

 だけど、音符通り弾けるようになったとしても、そこから「味」を出すためには、これは単に弾けるようになるよりもはるかに難しい。「間違えずに弾けるようになった」から「味わいのあるフレーズを醸せる」に至る道は険しく遠い。だから何度でも繰り返し弾く。上手いとか下手とかではなく、弾いていて楽しければそれでもいいのである。そのうちに味わいが出てくる。

 クラプトンの曲は本アルバムのみならず、実に多くの時代の曲をコピーした。Blues Breakers、Yardbirds、Derek and Dominos、そしてソロ作品と。でも、アルバム1枚丸ごと練習したのは本アルバムだけだった、多分。そんなこともあって、愛着のある1枚なのである。A1からB5までずっと弾いているのである。悦に入る、というのはまったくこんなときなのだ。