ROCK、POPの名盤アワー

~ALBUMで堪能したい洋盤、邦盤、極めつき音楽遺産~

#003『Hotter Than July』Stevie Wonder(1980)

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インパクト強すぎ。輸入盤に付いているお馴染み「Special Price」のシール。

 

『ホッター・ザン・ジュライ』スティーヴィー・ワンダー

 

sideA

1. Did I Hear You Say You Love Me(愛と嘘)

2. All I Do(キャンドルにともした恋)

3. Rocket Love(ロケット・ラヴ)

4. I Ain’t Gonna Stand for It(疑惑)

5. As If You Read My Mind(目を閉じれば愛)

sideB

6. Master Blaster(Jammin’)(マスター・ブラスター)

7. Do Like You(孤独のダンサー)

8. Cash in Your Face(哀しい絆)

9. Lately(レイトリー)

10. Happy Birthday(ハッピー・バースディ)

 

 

[主なレコーディング・メンバー]

Dennis Davis(Drums)、Nathan Watts(Bass)、Benjamin Bridges(Guitar)、Rick Zunigar(Guitar)、Hank Devito(Steel Guiter)、Earl DeRouen(Percussion)、Isaiah Sanders(Pianet、Fender Rhodes、Organ)、Hank Redd(Saxophone)、Robert Malach(Saxophone)、Larry Gittens(Trumpet)、Nolan A.Smith,Jr(Trumpet)、Michael Jackson(Background Vocals)

Stevie Wonder(Drums、Percussion、Bass Synthesizer、Piano、Fender Rhodes、Harpsichord、Clavinet、Cabasa、Celeste、Vocoder、Synthesizer、Fairlight、Harmonica、Flute、Bells、Arp、Background Vocals)

 

Produced by Stevie Wonder

 

 

 

スティービー・ワンダーの名と顔を知った一枚

 

 1980年、中学生となった私は時折レコード店を覗くようになった。それまでは駄菓子屋や文房具屋、せいぜい本屋あたりに本当にたまに行く程度。当時の小学生の消費行動なんてそんなもんだったろう。そもそもそんなに小遣いを持ってない。

 中学生になって小遣いが増えた。と言っても多分月500円か1,000円。だからレコード店へ行っても基本的には見るだけ。

 いま手元に残ってるレコードを見て、この頃に買ったLPは2~3枚くらい。どれもきっと小遣いを貯めて、あるいはお年玉などもらったあとに、吟味に吟味を重ねて、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟でレジに持って行ったのだろう。

 レコード店でアルバムジャケットを眺めるのが好きだった。ほとんど知らないアーティストばかりだったが、通っていくうちに音楽的知識は増えていった。当時はレコード店とFMラジオ、そして本屋で立ち読みする音楽誌がその情報源だった。

 中学1年の夏休みが終わり、日に日に夜が早くなっていった9月の終わり、強烈なインパクトを放つレコード・ジャケットが洋楽コーナーの一番目立つ場所に飾られていた。

 黒く太い枠に黄色の筆記体、細い内枠は緑色。枠の中に赤縁のサングラスをかけ、少し上を仰いだ黒人男性。髭を生やし額や頰には汗が流れている。編み込まれた髪の毛には赤と黄のたくさんの髪飾り。彼の背景色は濃いオレンジ。それがラスタ・カラーだと知ったのは大学生になってから。

 レコード店に入るや、このジャケットに私の眼は釘付けになった。

 これが私とスティービー・ワンダーとのファースト・コンタクトであり、「ファースト・インパクト」だった。

 その後しばらくの間は、何をしていてもポッと脳裏にこのジャケットの絵が浮かんできた。正直、ちょっと怖かった。でも気になった。

 これがきっかけとなって、音楽誌でスティービー・ワンダーの名前を見かければ「あのジャケットの人だ」と意識するようになり、FMで紹介されれば「おっ」と耳をそばだてるようになった。そのときにオン・エアされたのは本アルバムに収録されている「Master Blaster」や「Happy Birthday」だったと記憶する。わりと好きなタイプのサウンドで、私の音楽リストにキープされた、というくらいで、このアルバムをすぐに手に取ったわけではなかった。

 それでもそのリズムとメロディの特異さと、音色の多彩さに「早く聴かなくては」という思いが大きくなっていった。だが、その頃はまだビートルズさえ聴きはじめの時期であり、なかなかスティービー・ワンダーにまでは「手が回らなかった」というのが実情だったのだと思う。金銭的にも。周囲にも聞いている友だちはいなかったし。

 いろんなアーティストの作品に、雪だるま式に興味を持った時代だった。それらを片っ端から聴いていけるほどの財力も手立てもなかった。ただ、FMのオン・エア・リストを目を皿のようにして端から端までチェックし、オン・エアされる時間にそのFM曲に周波数を合わせて聴く、ときにはエア・チェック(録音ですね)する。カセット・テープも中学生にとっては貴重な資源なので、なんでも録音するというわけにはいかないから、これまた吟味なのである。

 そして中学3年の頃に我が町にレンタル・レコード店が現れ、ちょうどその時期に発表されたスティービー・ワンダーの2枚組ベスト・アルバムOriginal Musiquarium Iが最初に通して聴いたアルバムである。オリジナル・アルバムではないが。それでも4曲の新曲が収められており、’70~’80年頃の代表曲を集めたベストだった。そのうちの半分ほどはすでにFMなどで聴いて知っている曲だった。4曲の新曲のうち、「Do I Do」と「That Girl」がチャート・インした。小林克也の「BEST HIT USA」でよく聴いた。土曜の夜のこのテレビ番組は、当時の洋楽ファンにとっては涎が垂れる30分だったな。小林克也は我々世代にとっては洋楽の伝道師だった。

 さて『Hotter Than July』であるが、アルバムをきちんと聴いたのはそれから数年後、多分高校生の頃。ようやくにして手にしたこのアルバムは、期待に違わずバラエティに富んだ作品だった。

 スティービー・ワンダーの名盤、と言えば多くの人は’70年代中期の『Talking Book』、『Innervisions』、『Fulfillingness’ First Finale』の傑作3部作と、その次の2枚組プラスαの超大作『Songs in the Key of Life』を挙げるだろう。これにはまったく異存なし。おそらくこの「名盤アワー」が続いていけば、必ずどこかで取り上げることになるだろう名盤中の名盤たちなのである。私にとっても人生における欠かせないアルバムである。

 しかし、先の「ファースト・インパクト」など、極私的な重要アルバムとしては、やはり真っ先に『Hotter Than July』を挙げておきたいのだ。

 

 

今思えば、相当にROCK色の濃いアルバムだ

 

 ステービー・ワンダーの19枚目のオリジナル・アルバムとなる『Hotter Than July』のオープニングを飾るのは「Did I Hear You Say You Love Me(愛と嘘)」。ロック調のギター・リフからはじまり、ベースも同じフレーズでシンクロする。そこにホーン・セクションもユニゾンでリフを繰り返すという明るいナンバー。クレジットを見るとキーボードはスティービーのシンセサイザーとピアネットという電子機械式ピアノが記されているが、その存在感は希薄。ギター・リフとホーン・セクションの強いアレンジである。これに時折張り上げるようなスティービーの声とゴスペルのようなバック・ボーカルが重なる。はじまりに相応しい曲だ。

 この時代くらいまで、洋楽の曲のタイトルには邦題がよく付けられていた。タイトル直訳のものもあれば、かなりな意訳のものもあり、さらにはまったく曲のイメージとはかけ離れたものもあった。ステービーの曲にも邦題をつけられた曲が多く、この曲は「愛と嘘」である。これは相当な意訳の部類か。そう言えなくもないが、そうは言っていない。というような邦題がスティービーには多い気がする。

「Did I Hear You Say You Love Me(愛と嘘)」のエンディングが綺麗にズバッと切られると、間髪入れずに同じBPMで「All I Do(キャンドルにともした恋)」のイントロがはじまる。繋がっているように聴こえる編集なのだが、こちらはエレピの音が哀愁を感じさせるマイナーのナンバー。雰囲気はガラッと変わる。歌詞の中に「毎日キャンドルを灯していた」とあるから、そこから付いたタイトルである。サウンドはエレピによく動くベース、シンプルなエイト・ビートのドラムが基本となっており、おかず的にキーボードやフルート、サックスが入る。ベーシック・トラックはスティービーの多重録音で、フルートも自身が吹いている。

 そしてバッキング・ボーカルの一人に名を連ねているのがマイケル・ジャクソン。それを知って意識して聴いていればマイケルがいるとわかる。でもそれほど前面には出ていない。前年に『Off the Wall』という名盤を発表しており、すでにビッグネームと言える存在となっていたが、1980年はまだ『Thriller』以前なので文字通り「化け物」になる前のマイケルだ。

 ミドル・テンポ・バラードの「Rocket Love(ロケット・ラヴ)」。ジャジーな雰囲気で、1980年前後のAORのクールな空気感が濃厚に漂っている。ギター以外はスティービーの演奏。ロケットやジェットコースターといった乗り物が歌詞に含まれると、大抵は一気に盛り上がり一気に冷める、といった内容のことが多いが、この曲もおおよそそれに漏れず。

 A面4曲目は「I Ain’t Gonna Stand for It(疑惑)」。サウンドはかなりシンプルな南部テイストのロック。アコースティック・ギターとピアノを中心にエレキ・ギターのおかずが加わる。そこにスティービーの歌が入り、ソウル色が濃くなっている感じ。とは言え、これまでのスティービーの曲の中では相当のアクの弱い部類だろう。心地よいロックだ。タイトルを意訳すれば「もう我慢ならん」といったニュアンス。歌詞の内容をざっと見ていくと、なるほど「疑惑」という邦題も当たらずとも遠からずか。

 この曲は2001年にエリック・クラプトンがカバーしているので、それでご存知の方も多いだろう。このクラプトン・バージョンが実にスティービーのオリジナル・アレンジのまんまなのである。歌い方までスティービーを意識しているのではと思える。もちろん、クラプトンの泣きのギターはふんだんに盛り込まれているのだが。細かいことを言えば、スティービーのハイファットは16ビートを刻んでいるが、クラプトンのほうはステーヴ・ガッドの重たい8ビートである。

 A面最後は「As If You Read My Mind(目を閉じれば愛)」。速いテンポでピアノがコードを刻み、ベースが動き回る。これはこれでスティービーらしいファンキーなダンス・ナンバーである。この曲ではスティービーはほぼキーボードで、各楽器にミュージシャンが配されている。そしてスティービーと言えばハーモニカ。彼でしか出せない唯一無二のハーモニーとタッチ。本アルバムではこの曲でのみそれを味わうことができる。

 

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ピアノが燃えておるのだ。MOTOWNのディスク・デザインもよし。



Bob Marley と M.L.King Jr. 牧師に捧げられた名曲

 

 B面のはじまりは「Master Blaster(Jammin’)(マスター・ブラスター)」。スティービー版レゲエはハンパない出来。スティービー色を消し去って、ひたすら Bob Marley に私淑したような本格レゲエなのだが、しかしやはり歴然としたスティービー・サウンドが醸し出されている。何をやってもオリジナルになるほど、スティービーの音楽は確立されているのである。

 マスターは「師」、ブラスターには「ラスタ」の文字、つまりラスタの師=Bob Marley を歌った曲であり、実際に歌詞の中に Marley の文字が見られる。また「Hotter Than July」という一節もある。アルバム・ジャケットのアート・ワークなども含め、この曲が本アルバムの核であることは紛れもない。

 シングル・カットされたこの曲は、全米チャートで最高位5位。同時期にチャート・インしていたのは「(Just Like)Starting over」John Lennon、「Hungry Heart」Blues Springsteen。

 次に来るのが跳ねるようなダンス・チューン、「Do Like You(孤独のダンサー)」。本アルバム内ではこれまでのスティービーのサウンドを一番踏襲している曲だ。だが作りはかなりシンプル。管楽器以外のインストルメンツはスティービーが演奏している。邦題は歌詞をきちんと踏襲して付けられている。ここに出てくる「keita」はスティービーの幼き息子のこと。「Isn’t She Lovely」で描かれた息女「Aisha」も登場する。

「Cash in Your Face(哀しい絆)」はミドル・テンポのR&B。本作の中では一番地味な曲という印象、個人的には。でもキーボードのタッチといい、ベース・ラインといい、オーソドックスなスティービー・アレンジの小曲でもある。邦題の絆は、きっとお金だけの関係、みたいなことを言っているのだと思う。

 ラス前に本作最高のバラード、「Lately(レイトリー)」。演奏はスティービーのピアノとベース・シンセのみ。恋人のちょっとした変化が気になって、別れを決意するという詩を切々と歌い上げる。スティービーのバラードの王道を行くメロディ・ラインに酔いしれる。

 そして本作を締めるのが「Happy Birthday(ハッピー・バースディ)」。軽いタッチの明るいR&B。ポップである。それでいてスティービーの切なげなメロディが絡まり、これまた独特の彼の世界を作り上げてしまう。

 この詞の中に「Martin Luther King Jr.」の名が出てくる。彼の誕生日を祝おう、という歌なのだ。というのも、この頃 King牧師の誕生日を国民の祝日に、という運動が起こっていた。スティービーもこれに賛同し、「声明」を発表するとともに、この曲でその機運を高めようとしていた。これを政治的活動と見る輩も当然いて、この曲だけでなくその運動そのものを否定する人たちも少なくなかった。それでもスティービーは信念を曲げず歌い続ける。議会でも賛否両派の運動は盛んになるが、1983年にときの大統領、ロナルド・レーガンが祝日化する法案にサインし、決着。1986年から1月第3月曜日が「キング牧師記念日」となったのである。

 とまあそんな話が先に立ってしまういわく付きの曲なのだが、あまり英語詞のわからない日本人にとっては、誕生日を祝う定番曲のひとつとなって、メディアでもSEとしてよく使用されている。大人数でのバック・コーラスは感動的ではある。演奏はすべてスティービー本人の一人多重録音。

 

 

ティービーの脳内実験室に溺れたい

 

 このアルバムは1980年代の幕開けに発表された。こののちのスティービーの80年代は「I Just Call to Say I Love You」や「Parttime Lover」、さらにはポール・マッカートニーとのデュエット「Ebony and Ivory」、そして「We are the World」と、どちらかと言えばポップ・アイコンとしての存在感が強まった。その意味では本作までに見られる毒性(特異性)の部分は薄まっていったという感もある。

 だからこそ、本作の立ち位置というのがとても重要で貴重なのである。

 先にも述べた3部作や「Key of Life」の時期がキャリアのピークかもしれない。これらを続けざまに発表して、ほぼ沈黙の70年代後半を経たあと、80年代の声を聞くとともに世に問うた作品なのである。

 その後は寡作となっていくスティービー。迸るような前のめりの音楽への渇望時期はここまでだったのか、と見えてしまうのは私だけか。

 80年代に一度、武道館でスティービーのライブを見ている。それが何年だったのかが思い出せない。ネットの情報を集めて推測すると、どうやら1988年の来日だったようである。2階席、右側の前のほうだったのは記憶に残っている。セットリストの詳細はもはや調べても出てこない。だが、最初から最後まで代表曲のオン・パレードだったのは確かだ。まあ、これだけ長い期間最前線でヒットを飛ばし続けてきていたのだから、当然か。もちろん演奏も最高だった。

 当時はものすごくスティービーを聴いていたわけではなくて、すでに自分の中でのブームのあとだったのだが、でもどうしても一度はスティービーのステージを見てみたいという欲求は強かった。それでチケットを取ったのだった。

 それから30年以上が経っているが、断続的にずっと聴き続けている。YouTubeが普及して以降は、貴重なライブ映像や音源にいとも簡単に触れられるので、ここ数年はまた聞く機会が増えている。このアルバムもまた聴く頻度が高くなっている。聴きはじめれば45分はあっという間に過ぎる。

 ああ、やはり私はスティービーのサウンドが、メロディーが、楽器の音色が、声が好きなんだと年を取れば取るほど実感している。

 70~80年に作られたスティービーの曲を聴いていると、この人は脳内でいろんなことを試して音にしているんだろうなとつい考えてしまう。実験しつつ、はまり込んだ音や旋律を組み立てていって、この人にしか作り得ないサウンドを築き上げてきたのだろうと。

 彼の脳内実験室を覗いてみたい、願わくばその海に溺れたい。いや、アルバムと対峙して耳を傾けているとき、すでに私は溺れている。

 全米アルバムチャートでは最高位3位、同R&Bチャートでは1位を記録。UKでも2位を記録している。

 2011年に「Rollimg stone」誌が選定した「最も偉大なアーティスト100」では15位。同誌が2008年に選定した「最も偉大なシンガー100」では9位。まあ、こういうのは媒体や時代によって全然変わってくるからね。

 

 まったくの余談だが、ここまで3枚のアルバムについて私的文章をつらつらと書き連ねてきたのだが、3枚ともアルバム・ジャケットはイラスト(絵)だ。

 写真よりも絵のアルバムほうが、ジャケット・アートを堪能してきたと確かに思う。

 

 

 

 

Hotter Than July

Hotter Than July

  • 発売日: 2014/02/20
  • メディア: MP3 ダウンロード