ROCK、POPの名盤アワー

~ALBUMで堪能したい洋盤、邦盤、極めつき音楽遺産~

#002 『FOR YOU』山下達郎(1982)

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1980年代前半の空気感を象徴するアルバム・ジャケット

 

『フォー・ユー』山下達郎

 

sideA

1. SPARKLE

2. MUSIC BOOK

3. INTERLUDE A Part I

4. MORNING GLORY

5. INTERLUDE A Part II

6. FUTARI(ふたり)

sideB

7. LOVELAND, ISLAND

8. INTERLUDE B Part I

9. LOVE TALKIN’(Honey It’s You)

10. HEY REPORTER!

11. INTERLUDE B Part II

12. YOUR EYES

 

[主なレコーディング・メンバー]

青山純(ドラムス)、伊藤広規(ベース)、椎名和夫(ギター)、吉川忠英(ギター)、難波弘之(キーボード)、佐藤博(ピアノ)、浜口茂登也(パーカッション)、土岐英史(アルト・サックス)、吉田美奈子(バッキング・ボーカル)、山下達郎(ギター、キーボード、パーカッション、マリンバ、グロッケン、シタール、バッキング・ボーカル)

 

Produced by 山下達郎

 

 

1982年、15歳、曇天の夏 

 邦盤で最初に取り上げる1枚も悩みに悩む。これまでにいろんなアーティストから影響を受けてきている。絞れるものではない。だが前回同様、「1枚目」のアルバムと割り切ってセレクション。

 ザ・バンドもそうだったが、私の音楽を聴く上での最も重きを置く要素は、アンサンブルでありアレンジだ。これは相当早い時期に気づいた。

 もちろんギター1本の弾き語りに震えることもあるし、シンプルなロックンロールやブルースに酔いしれることもある。でもそれも広義の意味ではすべてアレンジと言える。

 アンサンブルやアレンジで「おおっ」と思うものに惹かれてきた音楽人生だったようだ。

 日本のポピュラー・ミュージック史上に燦然と名を残す良質なサウンド・アレンジの提供者の、第一列に並ぶアーティストの一人が山下達郎だろう。

 初期はファンクやディスコ・ミュージック色が濃い、当時の邦楽の枠からはみ出たサウンド。1980年代に入るとそこにリゾート・ミュージックの色が加わって、より多くのリスナーに受け入れられやすいサウンド・アレンジと進化する。

 山下達郎は1979年のヒット曲「ライド・オン・タイム」でお茶の間に進出した。同曲をバックにmaxellのカセットテープのCMに自ら出演。暮れ行く砂浜に足を濡らしながら、右手を伸ばして指鉄砲で「ズドーン」と一発ぶっ放すという、今思えば奇跡のようなCM。「いい音しか残れない」。強烈に印象に残っている。ちなみにほぼ同時期のFUJIFILMのカセットテープのCMはYMOの「テクノポリス」で、お三方が出演している。

 達郎氏のアルバムから1枚選ぶことさえ、難しい。アルバムの最初から終わりまでひとつの流れを持つアルバムを挙げろ、と言うのであれば、この『FOR YOU』となるか。当時聴いていた頃の心象もパッケージされているという個人的な理由も多分に含めて。

『FOR YOU』がリリースされたのが1982年1月21日。意外だが、冬である。このアルバム以降、かなり長い間「夏と言えば達郎」という世間のコンセンサスがあった。

 達郎氏の6枚目のスタジオ・アルバム。発売当初、レコード店や雑誌のアルバム・レビューなどでこのアルバムのジャケットを目にし、鈴木英人の原色のイラストに憧れた。きっとそんな人は多いはず。中学生だった私も、なんとなくウエスト・コーストの乾いた風と陽の光をそこから感じていた。

 ちょうどレンタル・レコード店が横浜の我が町にも出来はじめた時期だった。おそらく発売後2~3ヶ月の頃にこのアルバムを借りている。

 初夏から夏休みにかけて、もちろんmaxellのカセット・テープに録音したこのアルバムをよく聴いた。カセットのインデックス、背タイトル部分はジャケットの文字を真似して書いた。

 当然自分の部屋で聴いていたことが多かったはずだが、何故か今でもふっと頭に浮かぶ絵は、友達の家で遊びながらこのアルバムを流していたときの光景だ。夏休みの昼間である。窓の外はどんよりと曇り空。そう、この年の夏の印象は私には曇り空。冷夏だったかどうかは、覚えていない。けれども、晴れの日は少なかったと思う。

「夏アルバム」の『FOR YOU』をそんなシチュエーションで聴いていたのだ。きっと夏の光が降り注ぐビーチを思い描いていたのだろう、15のワタクシ。

 そしてかれこれ40年、全然色褪せない。いまだに準ヘビロテのアルバムなのである。

 

 

日本軽音楽史上最高のイントロ

 

 A面の1曲目は、ちょっと音楽通を誇る人ならこれはもう耳馴染みのイントロ。アルバムの1曲目として、コンサートのオープニングとして、そしてJ-pop史上最高のイントロと言っても言い過ぎではないだろう、「SPARKLE」のカッティング・ギターから幕を開ける。歯切れのいいカッティングは達郎氏自身が弾いている。ご存知の方も多いと思うが、達郎氏のギター・カッティングは他の追随を許さないほどのもの。ボーカリストのギターと侮ってはいけない。決して簡単なリズムではないこの「SPARKLE」のカッティングを本気で弾きながら、ライブではあの声で歌い上げているのだからこれは超絶と言っていい。もうこれ以上のギター・カッティングはない。これがこのアルバムのすべてであると言ってもいい。これを聴いた時点で、すでに名盤の確信があった。

 ライブでもオープニングを飾ることが非常に多いこの曲、スタジオ版ではゴージャスなホーン・セクションと女性コーラスが気持ちを高揚させてくれる。ブルンブルンいうチョッパーのベースに上体が自ずとリズムを刻む。

 詩は吉田美奈子。その分量は恐ろしく少ない。全部載せよう。

 

 七つの海から集まって来る

 女神達のドレスに触れた途端に

 拡がる世界は不思議な輝きを

 放ちながら心へと忍び込む

 高くて届かぬ愛の行方も

 夜を担う夕闇降り始めたら

 素敵なざわめき心に投げ掛けて

 ただ懐かしい思い出に摩り替える

 

 Sparkling’ my heart

   Wonderin’ your world

 

 ちなみにこのアルバムの作曲・編曲は全曲達郎氏である。

 この曲を聴いてメラメラと燃え上がらないはずなどない。聴く者の心も身体も持って行かれる究極の1曲目なのである。達郎氏の代表作の筆頭なのだ。

 2曲目は間髪を入れずにドラムの連打から「MUSIC BOOK」。左右のリズム・ギターが軽快にステップを踏ませる。左チャンネルが達郎氏のギターだと思っていたが、クレジットを見ると達郎氏はこの曲ではギターを弾いていない。このアルバムで唯一。作詞はこれも吉田美奈子

 

 Music book 開いたら メロディの雨が肩を濡らして

 

 とあるが、私の中では果てしなく夏の爽やかな午前中のイメージの曲。もっとも「メロディの雨」だから悪天ではないかもしれない。それは次の「MORNING GLORY」にも言える。それはそう、こちらは、

 

 東に向いている ブラインド目がけて射し込んだ

 光に瞳を開いたら

 

 なので朝の歌だ。作詞は達郎氏自身。

 比較的オーソドックスなピアノのミドルテンポの佳曲。ビッグバンド・ジャズ風のホーンが彩り豊か。

 この曲は竹内まりやへの提供曲なのだが、その仕上がりを聴いた達郎氏、納得いかなかったのか、本アルバムで自分のイメージしているサウンド・アレンジでレコーディング、収録したのだという。

 この2曲の間に「INTERLUDE A Part I」が挟まる。短い小曲が、達郎氏の一人アカペラによって、アルバムを通して曲を繋いでいく。これが本作のトータル・アルバムとしての印象をより強めているし、最初から最後まで一貫性のある物語として完結させてもいる。

 A面最後は「FUTARI(ふたり)」。スローな6/8のバラード。歌詞にもあるように夜の雰囲気が濃厚に漂う。Live Album『JOY』のプロモーションのためのダイジェスト・ムービーがあるのだが(動く達郎氏を見られる数少ない動画だ)、この曲で達郎氏はピアノを弾きながら歌い上げている。

 歌詞は吉田美奈子。当時の私自身はまだ体験したことなどあろうはずがない歌詞世界に、いっぱしに切ない気持ちになっていた15歳の夏だったことを思い出した。夏の夜とと言えば盆踊りでワクワク、という時代で世代だった。

 

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究極のLove song「YOUR EYES」の英語詞は覚えた

 

 B面1曲目、「夏と言えば」の代表曲「LOVELAND, ISLAND」。ビールのCMの曲だった。イントロの弾むようなギターのリズムと、繰り返されるハープのアップ・ダウンがキラキラの夏を演出している。歌詞にある「焼けつく石畳の彼方に 揺らめく逃げ水の中から」という絵面がリアルに浮かぶ。歌詞は達郎氏自身。

 この曲は当時もシングル・カットしていたと思っていたのだが、シングル化したのはこの20年ほどあとにリバイバル・ヒットしたときで、発表当初はされていない。それどころか、このアルバムからはシングルを切っていないのである。それだけアルバム勝負の1枚だったのだろう。このあたりは現代の感覚とはかなり違っている。今はシングルが溜まったらまとめてアルバム化、という感じ。

「INTERLUDE B Part I」を挟んで、「LOVE TALKIN’(Honey It’s You)」。このアルバムではこの曲が一番funk色が濃く、それまでに発表されていた達郎テイストが強く現れている。とにかくリズムが強靭だ。詞は吉田美奈子で、盲目的なラブソング。

 次の「HEY REPORTER!」は達郎氏が時折やる風刺ソング。曲調は Dirty funk とでも呼ぼうか。SLY & THE FAMILY STONE っぽくもある。重たいリズムに芸能リポーターを皮肉る歌詞が乗る。この少し前、竹内まりやとの交際が騒がれ、プライベートまで踏み込んでくる仕事熱心な芸能リポーターへの「賛辞」を歌っている。詞はもちろん本人。当時はアルバム中、この曲だけ異質な感じがしたものだが、それもじきに慣れたのだろう。今はこのアルバムに欠かせない曲となっている。いやこのアルバムのどの曲も外せない。全ての曲がこの順番で現れてこないと『FOR YOU』じゃない。そんなアルバムって結構ある。流れが脳に焼き付いちゃってる。

 最後の間奏曲「INTERLUDE B Part II」が終わると、アルバムを締める「YOUR EYES」。イントロなし、歌とピアノではじまる壮大なバラード。

 英語詞の歌なのだが、15歳の私は歌詞カードを見ながら一生懸命に覚えた。三つ子の魂百まで。今でも最後まで歌える。英語詞だから、外国の歌をカバーしているものだと当時は思っていて、オリジナルと知ったのはかなりあとだった。詞は Alan O’Day。

 サウンドはいわゆる Wall of sound の類なのだが、それより何よりこの曲を厚く支えているのは多重録音のコーラスだ。それはまるでオーケストラでもあるかのような荘重な音の壁なのである。

 この曲も竹内まりやに提供するために書かれたのだが、ボツになった。そのため自身のアルバムのためにレコーディングしたという。竹内まりやがようやく歌って発表したのは2013年のこと。

 

 

ビジュアル・イメージも含めて、今なお憧れの1枚

 

 15の頃と言えば、洋邦問わず興味のあるアーティストの曲を貪欲に聴いていた時代だ。まだそれほど音楽の蓄積や知識がないから、音楽系の雑誌もよく読んでいたし、当時はFMラジオを「エアチェック」することも音源確保のためにはとても重要だったので、FM雑誌も読んでいた(エアチェックなんて言葉、知らない世代のほうが多いでしょうね。これやFMの話はいくらでも書けるので、いずれ改めてやりましょう)。

 山下達郎のオリジナル・アルバムを初めてフルで聴いたのも、この『FOR YOU』だった。アルバムを通してみると、中学生の知識や感受性には少々背伸びが必要なサウンドだったと言えよう。

 でも、繰り返し聴いていた。手持ちのレコードやカセット・テープがまだそれほど多くはないから、同じアルバムを何度も聴いていた。だからこその愛着も湧き、一生聴き続けるアルバムになるのだろう。この頃聴いたアルバムはどれも強烈に残っている。

 この前年に大瀧詠一が『A LONG VACATION』という、日本のポップ・アルバム史上で最高峰の作品を発表しており、その流れでの『FOR YOU』と世間は受け取ったかもしれない。原色のイラストのアルバム・ジャケットや、夏のリゾート・ミュージックという共通点があった。私自身もそうだった。リゾートなんていう言葉も、この頃広まった言葉であり、トレンドだったのだろう。

 そういった世相を考えると、ともすれば「流行」で片付けられがちな作品にもなりかねない。しかしそうはならなかった。それは何故か。簡単な話だ。サウンドの持つ個性とリアリティが張りぼてでなく、心底から湧き上がってきたものを、きっちりと作り込んだから。長年蓄積してきた音楽的感性やテクニックを存分に消化して、生み出したものだから。

 聴き続けることができる音楽というのは、どれもそうである。やっつけ仕事は残らない。「いい音しか残れない」のだ。

 達郎氏は長く聴き続けられる音楽について、次のようなことを言っている。

「詩でも曲でもなく、アレンジが洗練されていてきちんと作られていれば、何十年経ってもずっと聴いてもらえる」

 達郎氏もアレンジ志向なのである。だからこの『FOR YOU』でアルバムの洗礼を受け、ほぼ40年間鮮度を失わずに聴いてこられたのだ。

 いや、達郎氏のアルバムを聴いてきたがために、私もアレンジ志向となったのだろうか。どちらが鶏で卵か。

 それでも、15の私には至福の39分だった。FM誌に載っていたアルバム・ジャケットを眺めながら何度も聴いたこの1枚は、一生を揺さぶるほどの印象と発見を与えてくれた。

 でも、15の私にその全貌を見抜き、理解できる筈も無い。歳を重ねて、ずっと聴いていて多くの発見があったアルバムでもあるのだ。

 初期の衝撃は未だ消えない。そののち仕組まれた細部の快感をあれもこれも見つけていって、それらはどんどんと増えていき、通して聴くとワクワクを感じるポイントがここそこに散らばっていて、最初から終わりまでずっとグルーヴし続ける。

 トータル・アルバムという言葉を聞かなくなって久しいが、このアルバムは真のトータル・アルバムと言って、誰にも異存はないだろう。

 

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2020年、動く達郎

 

 ここからは余談だが、1992年に「サタデー・ソング・ブック」としてはじまった TOKYO FM の達郎氏のラジオ番組が、「サンデー・ソング・ブック」として今でも続いている。毎週日曜14時から1時間、達郎氏の声が聞けるというのは奇跡と言える。

 これだけのベテラン・アーティストの近況を毎週知ることができるというのは、なかなかない。そこではリアル・タイムの社会事情や自分が今取り組んでいる仕事などが語られ、同時代に生きているんだなあ、といたく感じられるのだ。

 一方、テレビにはまったく出ない。それどころか、ライブDVDの発表もこれまでにない。以前、自身のラジオで「自分が望む音質でパッケージできない」といったようなことを言っていた。

 つまり「動く達郎」はライブでしか拝めないのである。しかしそのライブもプラチナ・チケット。一昨年のツアーでは私も4公演ほど申し込んだのだが、すべて抽選に漏れた。手に入りにくいのだ。だから、なかなか見ることができない。

(例外がひとつ。昨年発売された竹内まりやのライブDVD。バックでギターを弾き、コーラスをつける達郎氏の姿が存分に映る。至福)

 だが、昨年のコロナ禍が状況を少しだけ捻じ曲げた。

 密回避や移動自粛のために音楽、演劇、スポーツと、観客を集めての公演がほぼできなくなった。そこでオンラインでの配信ライブというのが一気に一般化した。ご存知の如く、配信ライブにはキャパがない。チケット代を支払えば、例外を除いてはすべての人が見ることができるのである。

 達郎氏も予定されていたアコースティック・ライブ・ツアーがすべて中止となり、その代替法を模索していたという。だが、配信での音質には疑問を持っていた。

 とそこに折りよく、高音質で配信可能なサービスが生まれ、その第1回の配信ライブが達郎氏となったのである。

 申し込めば誰でも「動く達郎」が見られることになったのだ。これは長く音楽に携わる人間や聞いてきた人間にとっては、革命的な出来事であったと言ってもいい。

 2020年7月30日木曜日20時、ライブハウス捨得のステージ上で椅子に座ってギターを持った達郎氏が動いた。

 この日の配信は生の演奏ではなく、2018年に捨得で行われたアコースティック・ライブからの曲と、2017年の氣志團万博でのパフォーマンス。おまけ動画も数曲ついて1時間半余り。配信とは言え、噂通りのライブ・パフォーマンスに圧巻、呆然でした。これは掛け値無しに国宝級。しばらくモニターの前で脱力してました。

 さらに年末、今度は配信のために収録したというライブハウスでのアコースティック・ライブを堪能できた。なんと年に2度、配信とは言え達郎氏のライブに「参加」できたのである。

 コロナで息苦しく過ごす我々への、達郎氏からの誠意溢れるの贈り物だった。

 2度と言ったが、いやもうひとつあった。「アコースティック・ライブ展」という催しが全国を巡った。その東京展が池袋パルコで開催され、予約して出かけた。密を避けるために各回予約制だったのである。

 過去のレコード・ジャケットやツアー・パンフ、楽器などが展示され、狭い一室の大きなスクリーンと大きなスピーカーのど迫力で、3曲ほどライブ映像を見せてくれるといった内容。間隔をあけた椅子に20人ほどがスクリーンを見つめる。これを30分ごとに回していた。規模の大きなものではなかったが、ファンを高揚させてくれる好企画だった。

 かくの如く、生み出す音楽やライブに妥協なし。ファンに対しては常に真摯な気持ちで向き合ってくれる達郎氏のプロフェッショナルな姿勢には、本当に脱帽です。

 

 

FOR YOU (フォー・ユー)

FOR YOU (フォー・ユー)

  • アーティスト:山下達郎
  • 発売日: 2002/02/14
  • メディア: CD