ROCK、POPの名盤アワー

~ALBUMで堪能したい洋盤、邦盤、極めつき音楽遺産~

#001 『MUSIC FROM BIG PINK』The Band(1968)

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Bob Dylan が描いたThe Band の記念すべきデビュー・アルバムのジャケット

 

『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』ザ・バンド

sideA

1. Tears of Rage(怒りの涙)

2. To Kingdom Come(トゥ・キングダム・カム)

3. In a Station(イン・ア・ステイション)

4. Caledonia Mission(カレドニア・ミッション)

5. The Weight(ザ・ウェイト)

sideB

6. We Can Talk(ウィ・キャン・トーク

7. Long Black Veil(ロング・ブラック・ベール)

8. Chest Fever(チェスト・フィーバー)

9. Lonesome Suzue(悲しきスージー

10. This Wheel’s on Fire(火の車)

11. I Shall Be Released(アイ・シャル・ビー・リリースト)

 

[THE BAND 1968-1977 member]

Rick Danko リック・ダンコ : ベース、ギター、ボーカル

Levon Helm リヴォン・ヘルム : ドラムス、ボーカル、マンドリン、ギター、パーカッション

Garth Hudson ガース・ハドソン : オルガン、キーボード、アコーディオン、サックス

Richard Manuel リチャード・マニュエル : ピアノ、ドラムス、オルガン、ボーカル

Robbie Robertson ロビー・ロバートソン : ギター、ボーカル、パーカッション

 

Produced by John Simon ジョン・サイモン

 

 

難産の「名刺がわりの1枚」

 一番最初にご紹介するアルバムとなれば、これは名刺がわりの1枚ということになるわけで。それはつまりこの「名盤アワー」の当面の「色」や「向かう先」を示す作品ということにもなってしまうのである。

 それ故、こちらも想像以上の緊張感に潰されそうになっている。セレクションには神経を使う。

 いつ聴いても感涙でむせぶ名盤、人生を辿る道の上で影響を受けた作品はそれこそ数え切れないほどある。どれも捨てることのできない大切なアルバムたちなのだ。

 そこから1枚選ぶのは誰だって至難の業。でも、「1枚目」のアルバムを選ぶのであって、「一番好き」を選ぶわけではない、と気持ちを割り切らせて、リストアップしたアルバムタイトルを何度も眺めていく。

 アルバムの完成度や充実度のみならず、それを聴いていた時代の自分の意識、当時の時代背景、その後どのくらいその作品を引きずって生きているのか等々、様々な要素を掛け合わせて考える。そこから絞り込み作業を行い、「初産は難産が多い」の例に漏れず、何日も逡巡して呻き、捩じくれ、そしてようやく決めた1枚がこれ、The Bandの『Music from big pink』。

 まあ妥当、と思われる方も少なくないと思う。そのくらい語り尽くされている名盤中の名盤である。だがやはり、このアルバムの存在感は初聴以来30数年経った今でも、私の中で「王座」を譲らないのである。威張ってる王ではない。何かにつけて、Rock、Popの基準になってるのだなあ、私にとっては。アイデンティティというのかな。自分の音楽志向の座標軸の中心にある作品とでも言えようか。

 

 

ボブ・ディランのバックを経て、待望の1stアルバムリリース

 

 1968年7月1日にリリースされたザ・バンドの1stアルバム。アメリカのチャートでは最高位30位。意外だがそれほど上位には食い込まなかった。

 1968年はThe Beatlesが2枚組の『The Beatles』(通称・ホワイト・アルバム)を発表し、Eric ClaptonのCreamが解散。Led Zeppelinが結成されたという年である。

 ザ・バンドアメリカ人のリヴォン・ヘルム以外はカナダ人。だがそのサウンドアメリカ南部のテイストに満ち満ち、しかし懐古的趣味にとどまらない時代性を多分に盛り込んでいる。

 これがデビューアルバムではあるが、しかしザ・バンドサウンドや力量はすでに音楽好きの間には認められていた。それはかなりの期間、ボブ・ディランのバック・バンドを務めていたからから(当時のバンド名はホークス)。

 それまでアコースティック・ギター1本で言葉をまくし立てていたボブ・ディランが、エレキ・ギターを抱えてバンドを従えてステージに現れる。これは当時大事件だった、と伝え聞いている。エレキを持ったディランを拒否するもの、歓迎するもの、賛否両論だったと。

 ディランに関してはいずれ取り上げることになるはず、だからこの話はここではこれだけ。そのエレキを持ったディランのバックがデビュー前のザ・バンドだったということなのだ。この話をすると、井上陽水のバックが無名時代の安全地帯だったことがいつも頭をよぎる、余談。

 ツアーの後も、ディランとザ・バンドの交流は続き、ニューヨーク郊外にある通称「ビッグ・ピンク」という家に移り住み、セッションを続ける。アルバムタイトルはここから来ている。ちなみにアルバム・ジャケットの絵はディランが描いたもの。これも傑作。30cm四方のレコード・ジャケットだからこその迫力。やはりこのくらいのサイズだと愛でる楽しみも飾る喜びも増す。

 アルバムジャケットの中面にはこのビック・ピンクの紹介文のようなものまで、写真入りで載せられている。

 

BIG PINK

A pink house seated in the sun of Overlook Mountain in West Saugerties, New York.

Big Pink bore this music and these songs along its way.

It’s the first witness of this album that’s been thought and composed right there inside its walls.

 

 大雑把に意訳すると、「ニューヨーク州の西ソーガティズにあるオーバールック山の麓で太陽を浴びて建つピンクの家。この大きなピンクはこれらの音楽と歌を穿った。壁の中で作られたこのアルバムの最初の目撃者でもある」。

 boreを「穿つ」としたが、「退屈する」という意味もある。

 プロデューサーはJohn Simon(ジョン・サイモン)。ザ・バンドの1、2作目の他、サイモン&ガーファンクルノ『フェイキン・イット』、ジャニス・ジョップリンの『チープ・スリル』などの他、1997年には佐野元春 and The Hobo King Bandの『The Burn』もプロデュースしている。

 

 

「Tears of Rage」から「The Weight」まで瞬く間のA面

 

 私が初めてこのアルバムを聴いたのは、おそらく1986年頃。高校から大学への節目の時期だった。その少し前からブルースやR&B、カントリーなどアメリカ南部の音楽に目覚めはじめていた。そのかなり早い段階で、このアルバムは名盤、Rock classicであるという記事や評判を幾度も目にし耳にしていたので、手に取ってみたのだった。

 アルバムはイントロのギターの籠った揺れが印象的な「Tears of Rage(怒りの涙)」からはじまる。相当なスローテンポで、演奏の難易度は高い。このギターの音とオルガン、ホーンが音数少なく絡んで進んでいくのだが、これがなんとも心地よい。イントロで持って行かれること、請け合い。

 メインボーカルはリチャード・マニュエルで、枯れて不安定で絞り上げるような声が揺さぶってくる。

 この曲をデビューアルバムの1曲目に置いてしまうところに、このバンドのキャリアと自信が感じられる。だが、このアルバムでの最重要曲であり、問題曲でもあるので、これは妥当だろう。

 コンポーザーにはディランとリチャード・マニュエルの名がクレジットされている。ディランはこの曲を自身のアルバム『The Basement Tapes』に収録している。もっともこのアルバムもビッグ・ピンクでのザ・バンドとのセッションを集めたものだ。

 と、こんな感じで書き進めていったら「いったいいつ終わるんだ、長い」とお叱りを受けそうだ。これだけ書いてきてまだ1曲目だ。知っていることや感じたことをたくさんご紹介したいのだが、読むのが大変な文章にはしたくない。ここからはメリハリをつけていこう。それでも長くなりそうだ。

「To Kingdom Come(トゥ・キングダム・カム)」はロビー・ロバートソン作。右チャンネルの跳ねるようなスネアの四つ打ちと、左チャンネルのピアノが軽快な佳曲。

「 In a Station(イン・ア・ステイション)」はリチャード・マニュエルの曲。サビの後のハミングが郷愁を掻き立てる。

「Caledonia Mission(カレドニア・ミッション)」はロビー・ロバートソン作。リトル・フィートっぽいミドルテンポのフォーキー・ブルース。この頃はまだリトル・フィートはデビューしていないが。

 そしてザ・バンドの代表曲となる「The Weight(ザ・ウェイト)」がA面最後を締める。ロビー・ロバートソン作で、メイン・ボーカルはリヴォン・ヘルムとリック・ダンコ。相当に地味なアレンジである。アコースティック・ギターのカッティングとピアノのコードが淡々と続くが、その分情感溢れるボーカルがせつなく響く。

 この曲の歌詞は聖書からの引用が多いと言われている。それを理解して聴いているかいないかで、ずいぶんと印象や評価が変わってくるはずだ。だから日本人にはそのサウンド面のみの印象で終わってしまっているのでは。

 しかし難解なのである。いくつかの訳詞を見ても、その解釈が随分と異なる。作者のロビー・ロバートソンは自伝の中で「この曲に深い意味はない」と言っているが、それも額面通りには受け取れないだろう。サビの歌詞でさえその訳は錯綜している。

 

 Take a load off, Fanny

 Take a load for free

 Take a load off, Fanny

 And you put the load right on me

 

 さて、あなたならどう訳しますか。ざっと意訳すれば「荷を降ろして楽になれ、その荷は俺が負う」といったようなものか。タイトルも「The Weight(ザ・ウェイト)」だから。

 レコードならここで盤をひっくり返してB面。

 

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裏面はフォントの力をこれでもかと感じさせるデザイン
 
B面は「Chest Fever」で極まり、「I Shall Be Released」で眦が滲む

 

「We Can Talk(ウィ・キャン・トーク)」はリチャード・マニュエル作の8ビートの軽快なナンバー。途中で4ビートになる展開に遊び心を感じる。セッションしているうちにこんな風になっていったのではと推測した。

「Long Black Veil(ロング・ブラック・ベール)」はMarijohn Wilkin, Danny Dill 作のカントリーのカバー。この曲は多くのアーティストが好んで取り上げているようである。歌詞は殺人事件の濡れ衣を着せられた男の心情といったものなのだが、サウンドは「The Weight(ザ・ウェイト)」に似て、それよりも少しテンポを上げたような穏やかなカントリー。だが、リヴォンとリチャードの振り絞るような声が、重たい詩の内容を想像させる。

「Chest Fever(チェスト・フィーバー)」はロビー・ロバートソン作。重厚で歪んだオルガンのリフではじまるタイトなロックナンバー。アルバムを通してこの曲だけ、わずかながら当時流行の「サイケ」な香りが漂っている。タイトルを直訳すると「胸熱」でしょうか。じわじわ熱くなるサウンドではある。

 優しいホーン・セクションとオルガンが揺蕩う「Lonesome Suzue(悲しきスージー)」。リチャード・マニュエル作でボーカル。緩やかな流れの演奏にリチャードのうねる声が乗り痺れる。

「This Wheel’s on Fire(火の車)」はボブ・ディランとリック・ダンゴの競作で、なるほどディラン節そのもの。もちろんディランも先の「The Basement Tapes」に収録している。本アルバムで一番タイトでポップな曲と言える。ワウが強めのロビー・ロバートソンのギターと、キーボードの音色がいい。後のアルバム『Northern Lights-Southern Cross』のサウンドの萌芽が感じられる。このアルバムも傑作だ。いずれ取り上げたい。

 本作最後を締めるのはディラン作の「I Shall Be Released(アイ・シャル・ビー・リリースト)」。ディランもかなりお気に入りの曲のようで、ライブでもよく歌われていた。リチャード・マニュエルは全編ほぼファルセットで切々と歌い上げる。アレンジはシンプルなのだが、キーボードのフェイザーをかけたようなうねる和音が終始バックに漂っている。

 以上、約42分の本編、じっくりと聞き込んでいただきたい。

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見開きの中面、右の大勢の人の中に The Band のメンバー5人がおります

 

真のバンド・アンサンブルを学んだ

 

 音圧が強く、音色多彩でビートの細かい昨今の曲に慣れた耳には、地味で退屈なアルバムかも知れない。アルバムを通して聴くのは苦行に近いかも。しかし、ゆったりとぽかんとした時間を味わいたい方には貴重な42分間ともなり得る。

 このアルバムを当時は聴いていたけど、長いこと聴いていなかったという方には、一気に時間が巻き戻るでしょう。当時の景色や匂いまでもが蘇る。それが音楽の不思議な力。その意味でもアルバム再聴には価値がある。懐かしいサウンドを聴くだけではなく、昔の自分を振り返ることができる。

 このアルバムが私に与えたものは何か。それは本物の「バンド・アンサンブル」とはこういうものなのだ、という無言の啓示。一曲の中でどのようにリズムが弾み、ベースが踊り、ギターが絡み、キーボードが響くか。そこに声が乗っていくのか。すべての音が常に鳴っていなくてもいい。間があったり、もたったりするのにも息づかいがリアルに感じられる。この楽器の音があるから、あの楽器がそんな音を鳴らす。各楽器が単独ではなく、有機的に結びついていって、ザ・バンドサウンドを紡ぎ上げていく。これこそがバンドというスタイルの究極の姿。お互いの出す音や癖を知るからこそ、この音で応える。そこからその曲の表情が豊かに、繊細に刻まれていく。譜面通りでなく、誰かのインスピレーションが、他の誰かのインスピレーションを引き出す。メンバーがアイコンタクトを取りながら楽器を奏でているような、音楽本来の喜びを教えてくれたアルバムなのである。

 もうひとつある、声だ。リチャード、リヴォン、リックの粘りこくかすれて嗄れた声が、揺らぎが、私の耳に優しくときに狂おしく、感情を呼び起こしてくれる。懐に包まれている暖かさを感じる。体温感覚とでも言うのか。

 だから、何かに迷い込んだり躓いたりしたときに、なんとなくこのアルバムを手にする。そうすると、喜怒哀楽が素直に現れてくる。素の自分に帰ることができる。子供の頃に見ていた、駆けていた景色の中に瞬時に引き戻してくれる。何の煩いもない場所に帰って来なよ、と言ってくれているようなニュートラルな状態になる。私にとって『MUSIC FROM BIG PINK』はそういうアルバムなのだ。

 ザ・バンドは本作でデビューし、1976年の『Last Waltz』で幕を閉じる。ライブ重視のリヴォンと、アルバム重視のロビーとの確執が崩壊の種となっていた。

 その後、1980年代になってからロビー・ロバートソン抜きで再結成をし、メンバーが変わっていく中でも活動を続けていく。だが、1986年にリチャード・マニュエルが自殺。1999年にはリック・ダンゴ、2012年にリヴォン・ヘルムが死去。もはや彼らのステージは記録の中でしか会うことができない。

 1994年にロックの殿堂入りを果たしたが、恒例のライブにロビーが参加を表明したため、リヴォンが参加を拒否している。

 私はリヴォンがドラムを叩きながら、右側上方にセットしてあるマイクに首を上向きに傾けながら熱唱する姿が、そしてその前で身をくねらせながらギターをかき鳴らすロビーがいるザ・バンドのステージが好きだった。

 米音楽誌「Rolling Stone」が選定した「歴史上最も偉大な100組のグループ」では50位。同誌「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(2012)で『MUSIC FROM BIG PINK』は34位。2020年版では100位になってる。評価落ちてるなあ。

 タイトルもズバリのセカンド・アルバム『The Band』が一番の出来というファンもいる。それも納得。楽曲が多彩になって聴きやすく、リスナーを広げた名盤だ。後期の『Northern Lights-Southern Cross』はザ・バンドの音を唯一無二のところまで高めた完成形とも言える。私が一番聞いたザ・バンドのアルバムでもあり、「名刺がわりの一枚」はこちらにしようかとも考えていたのだが、『Big Pink』の原石のような尊さに心が動いた。すべてを無にしてお参りする感じか。やっぱりこれが私の音楽の基準なのだ。

 私はザ・バンドの作品はすべてリアルタイムでは聴いていない。だから当時の世相や社会や音楽界の状況を肌に感じながら聴いたわけではない。それらはあとから資料をめくって知ったことなので、では実際当時どんな感じで聴かれていたのかは知識としては備えていても、実感はない。すでにRock classicとしてこれらの作品を聴いてきたわけだ。

 後追いして聴いた者にもこれだけの共感を覚えさせるのだから、やはり名盤なのだろう、と自分に言い聞かせて紹介するしかないのだ。それが音楽のいいところでもある。時代を超える、ってやつだな。

 発表からもはや半世紀を過ぎた名盤である。まだ未視聴で興味がある方は是非とも、ビック・ピンクの新たな目撃者たれ。

 

 

 

Music From Big Pink (Remastered)

Music From Big Pink (Remastered)

  • The Band
  • ロック
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